昔好きだった本がある、というのは幸せなことだと思った

本について

久しぶりに読む本のよさ

昔、よく読んでいた本がある。

作品全体に流れるその軽やかさに救われる思いがして読んでいた。

小説に登場する大阪弁のやわらかさ、その言葉を発する人のやわらかさに憧れて、ついに大阪に住んでしまった、その発端となった田辺聖子さんの本。

久しぶりにまた小説を読みかえして「ああ私はこの人の文章を読んで、育ってきたのだったなあ」
としみじみと納得してしまった。

好きだった本がある、というのは、とても幸せなことだ。
のめり込むように読んでいた当時の自分ごと思い出して、あれからなんとか、それでも、生きてこられてるし、まあいいか、みたいな気持ちになる。

 

正しいことは、本人もまわりもみじめにする。(人間、正しくいきたらあかんなあ)と竹中はつくづく思う。非の打ちどころのない、などという生きざまは下々の下である。人に非難の余地をのこしておかねば。うしろめたい、とか、やましいとか、合わせる顔がないとか、そういうのが人間としては、(エエなぁーー)と竹中は思い、年とともにむくれるばかりのたまみから心がはなれていく。

  『はじめに慈悲ありき』(田辺聖子)より
いや、女の人が油汗しぼって固くるしく、とことん、きっちり、やってると、世の中の女の人は痩せていきます。体のことやなしにね、なンやこう、ふわっとした、暖かいもんが溶け出して、世の中はギスギスしてしまう、かわいそうやからそんなことは…

  『風をください』より
不幸な結婚生活は、人を人間観察家にする。しかもいろんなヒントを思いつかせる。とても箴言(しんげん)や警句などという立派なものではないが。
〈だいたい、幸福な結婚から、箴言やヒントがうまれると思うかい?〉
〈生まれないでしょうね〉
〈な。生まれるとしたら自信、確信、狂信のたぐいやね、それは自慢になり手前味噌になり、やがて、ほかの人間への干渉になる。自信や干渉から、人生のヒントは生まれへんねん〉
 『おかあさん疲れたよ』より

 

女のおっさん箴言集 (PHP文庫)

これは、Amazonの、kindle unlimitedにはいっているのを見つけたので読んだ。
読む、といっても、iphoneに朗読してもらって、聞き流しているだけなんだけど、これがいい。
ラジオのように聞いている。
kindle unlimitedで読める本が最近すごく増えてきて嬉しい限り。

 

人間「正しい」より「楽しい」でっせ

どの本を読むにつけ、正しいより楽しいでっせ、と田辺さんは言っているように思う。

何か「正しさ」が横行している今の日本は息苦しいような気がしていて、そう思っているのにもかかわらず、当の自分が正しさを突き進んでいるっていう皮肉を生きてもいるんだけれど、でも本のおかげで、力が抜ける。

昔好きだったものは、ふたたび自分を救ってくれる。これも本という遺産のおかげ。

楽しいってなんだっけ、なんて、思い出せない時がわたしにはあるから、それは正しさの中にいるときかもしれない、って、肝に銘じて思い出したい。

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